The Story Behind Ame JEANS

Ameでは、岡山県・児島で制作した初めてのジーンズを発表したばかりだ。

このAme JEANSは、服が生まれていく背景や物語に興味があったことから、

日本の産地や職人さんと一緒に服づくりができたら、と思い始まったプロジェクト。

もともとAmeは、母がやっている子供服ブランド「folk made」をサイズアウトした私が、

当初folk madeを着てくれていた子や未来あるティーンに、服をファッションとしての見方だけでなく

服が繋げる思いや出会いを体験できるファッションをという思いを込めて始めたブランド。

私にとって服は友達みたいな存在だからこそ、その友達の辿ってきた物語を知りたいと思った。

今年の5月、まずはジーンズといえば岡山県・児島が浮かびジーンズ工場に訪れた。

始発の新幹線に乗り、岡山駅に着いた時には沢山の桃太郎がいた。

児島は岡山から電車で一本20分くらい。

児島駅で社長さんが笑顔で迎えにきてくださっていて、

そのまま社屋のいろんなところを見せてくれたりスタッフの方を紹介してくれたりした。

今回一緒にジーンズを製作した、岡山・児島のジーンズ工場「ナイスコーポレーション」さん。

2023年にB Corp認証を取得され、国産ジーンズ発祥の地・児島の職人技術と若い職人さんの

両方の力が相まって確かな技術と新しい視点や取り組みに目を向けている素敵なチーム。

初めてお会いしたのに、昔から知っていたような感覚だったのは、

縫製の現場を見るのは初めての私の話を最初から面白いと受け止めてくれて、

チームの皆さんで歓迎してくれたからだ。

その日は、スタッフの方とお話ししたり、染め工場に連れて行ってくださったり、

倉敷市の水の濾過について教えてくださったり、ものづくりの凄さを吸収することばかりだった。

東京に帰ってからすぐ企画を始めた。大体の形が決まり、パターン製作に取り掛かったのは2週間後。

ティーンの子にもちょっと特別感のあるジーンズを履いて欲しくて、

Ameのロゴがフロントに大きく加工され、履くとモチーフが重なるデザインに決めた。

社長さんが東京に来てくださって、直接打ち合わせをしたり、

児島と東京をつないで、何度もZOOMで私が作りたい完成形を一緒に考えてくださった。

生地を決めて、その上に加工するレーザーの太さを決める筒試験をして。

Ameのパッチは一般的なレザー素材ではなく、紙に焼印をした紙パッチを採用した。

これも天然素材を使用できたらという私の思いを汲み取ってくださった社長さんからの提案。

素材全てがそろって、1stサンプルが完成したのが8月。

LOOK撮影の前日だった。

カメラマンさんが撮って、ヘアメイクさんが仕上げて、モデルさんが着る。

その瞬間は、今までコツコツ作ってきたものが初めて人の手に渡る瞬間。

新たに再構築されるのがとても心踊って、その流れの中にいられることが、ただただ楽しい。

9月、現物生産に入るためのサンプルの修正箇所を出し再度パターンを作り直した。

工場さんともZOOMで打ち合わせをしながら、

ジーンズが一本できるまでにかかるコストを、工程ごとに教えてもらう。

そして最終工程は、私が児島に伺い、

「実際に自分でやってみない?」と提案してくださった。

服が辿る物語をずっと知りたいと思っていたからすごく嬉しかった。

また現場を見せてもらい、ものづくりの凄さを実感できるのが楽しみだった。

12月、7ヶ月ぶりに児島に。

2回目の社屋もスタッフさんも何度も会っているみたいに迎えてくれた。

着いてすぐ、まずは紙パッチを縫るところから始まった。

教えてくれたのは、ふたりの若い職人さん。

ただ四角く縫えばいい、というわけじゃない。

分厚いデニム生地は、重なると一気に縫いにくくなる。針が全然進まない。

同じ場所で何度も手が止まって、そのせいで目の幅もバラバラになった。

完璧なのができるまで何度もやり直しするくらい大変な作業なのだと実感した。

次にタックボタンを打った。

ちゃんとした位置に打たないと、ボタンを閉めた時に前開きが合わなくなる。

ボタン打ちも全部手作業。

その上、勢いよく機械が動くから、油断すると本当に危ない。

最後に糸つみ、検品、プレス作業を終え完成。

プレスの仕方によってもきっちり仕上げたいのか、ふわっと仕上げたいのかで、

商品の見え方も大きく変わる大切な作業。

完成したジーンズは、いろんな工程を得て、朝初めて見た時からより愛着が湧いていた。

服は量産が主にだから、大きい数字で見られることが多い一方で、

本当は一枚一枚だ。

また作業をしながら、職人さんや社長さん。

生産管理をしてる方や染め工場の社長さんにもジーンズについて色々質問した。

児島は国産ジーンズ発祥の地。そんな児島で作るジーンズはどんな魅力があるのか。

という質問で、児島の歴史が今のものづくりに影響していることを教えてもらった。

児島は、その名の通り、もともとは浅い海に囲まれた小さな島で、

干潮のときには陸とつながることもあった町だという。

江戸時代、コメを作るために海を埋め立てたけれど、

もともと海だった土地には塩分が残り、稲はうまく育たなかった。

その代わり、干拓地の水はけの良さは綿花にぴったりで、児島では綿を育てるようになった。

人々は家で糸を紡ぎ、織り、縫う仕事を始め、児島は少しずつ繊維の町として発展していった。

そして戦争の時代、児島では学生服の生産が本格化していったそう。

戦後、海外からジーンズという新しい文化が伝わると、

いち早くそこに可能性を見出したのが児島の人々だった。

学生服の生産で培った縫製の技術と新しいことに挑戦する精神が

今の児島のものづくりに残っている。そんなところが魅力だと教えてくださった。

また、ジーンズが辿っていく物語の中の作り手という工程に立つことで

どんなことを感じるのかと聞くと、

「東京へ出張などで行くと、児島で作った自分が関わったジーンズに

東京の街で思いがけず出会うことがたまにある。岡山でも見ることがある。」

ジーンズは自分が作り終えた後もちゃんと物語を辿っていて、

その中でまた会えたことにすごく嬉しさでいっぱいになる、

と私はとっても素敵な話を聞いた。

長々となってしまったが、

こうやって色んな人に出会って色んな工程を辿っていく服たちは

私たちの知らないことをたくさん知っているのかもしれない。

気づけば、30人以上の方がこのジーンズに関わってくださっていた。

このジーンズが、その物語を少しでも知るきっかけになったらいいなと思う。

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